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名前:
場所: Tengan, Uruma-Shi, Okinawa-ken, Japan

I am an MK (missionary kid) and mother. I grew up in Okinawa to missionary parents, a Japanese Canadian and a Japanese American from Hawaii. My mother began missionary service in 1950, Dad in 1955. So I grew up speaking in Japanese in church but studying in English in a school started for missionary kids. My husband is Japanese (from Koriyama), and both of my children, born in Koriyama, speak only Japanese. We moved to Saitama after the earthquake of 2011. My parents have gone to Glory, and my daughter is now a mother--which makes me a grandmother! We (me, my husband, my son) moved down to Okinawa in September 2024.

11あの先生 12ここにもあの声が

11あの先生

 一部屋で小学校一年から中学校二年までの学校で教え、戦争が終わった後、コールデール市の学校で教えることになりました。

太平洋の敵の兵士の顔を思い起こさせる男性日系人の教師を喜んで迎える学校は、とても見つかりません。コールデールハイスクールが私を認めた時、戦争後、カナダの最初の男性日系人高校教師となりました。父母も嬉しかったと思います。

教師と言っても、社会科の授業と体育のクラスを教えたり、学校スポーツチームのコーチでもあったので、人気のある先生となりました。

厳しい先生とも知られていました。

ある日、授業中男性生徒一人が女性教師にいたずらをして、私は罰を与える準備をわざと長引かせたのです。低い声で生徒を教室の前に呼び、少しムズムズするまで目をじっと見つめました。

「自分のしたことは、悪かったと、思いますか。」返事はありません。

ゆっくりとベルトをはずし、机の上に置き、ゆっくりとそでを巻き上げました。左そで、右そで。

息をつき、生徒の目をじっと見つめました。

もう一度ゆっくり聞きました。「悪いと思っていますか。」

「は、はい。」くちびるがふるえています。

「それでは、二度としないように。」

「はい。」

その時からその生徒は問題何一つ起こしませんでした。

私は生徒のために二つのことを求めていました。知識の獲得と人格の訓練。でもコールデールハイスクールには、特別な尊敬を引き付ける女性教師がいました。学問的問題にも、精神的成長にも、生徒のために心を配っていました。でも、どこか違う。何か落ち着いているようで、輝いているようで。このことを尋ねてみました。

12ここにも声が

「それはイエス・キリストを個人的救い主として知っているからだと思います。」と、答えます。「ロイさんも同じ平安と喜びを知ることができますよ。

「ぼくは、べつに異教徒ではないし。」と、考えました。「ぼくも教会にいっているし、神様は人間が正しい歩みを保つことを願っているということをきいているし。でも「イエス・キリスト、個人的救い主」?これは聞いたことがない。

同じようなことを信じている伝道者が町に来ると聞いた時、彼の言うことは絶対聞きたいと思い、集会に出席しました。

説教のテーマはマルコの福音書8:36。

人は、たとい、全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。

「人は一生涯、善を行おうと思っても」と、説教者は主張します「来世に行く備えをしないなら、すべては失われます。

なぜなら、人は生まれながらの罪人であって、イエス・キリストの赦しを必要としているからです。他のものー正直に生きていこうという思い、他人をたすけようという思いーは、私たちを天国に連れて行くことができません。」

その晩、自分の努力の空虚さに目が開かれました。人生のための準備は十分伝えているつもりでしたが、死後のための準備は何ひとつ教えていなかったのです。教えることができなかったのです。自分のたましいも地獄に向かっていたのですから。

理性も私に訴えるのです。「昇さん、本末を転倒しているのではないでしょうか。今の人生のことを考える前に、永遠の運命を処理すべきではないでしょうか。」

説教が終わるまで決心がついていました。招きの時、少しも迷わず前の方に歩いて行きました。

神よ。この罪深い、独善的な私を救い、イエス・キリストにある永遠の命を与えてください。

永遠の命。イエス・キリストを個人的救い主として自分のものとしたのです。

でも、まだひざまづいている時、少年時代の思い出があたまに浮かびます。家族は沖縄に行き、私は従妹やおじさんとおばさん達と楽しくしたことがあったのです。

私はキリストにある永遠の命をもっている。が、沖縄にいる親戚は、イエス様のことは少しも聞いていない。誰かが伝えてあげなければ!

「一体誰にその様なことができるでしょう。」と、小さな声が聞こえます。

私だ。私が行く。行かなければならない。

祖先の地に、沖縄に、この者を遣わしてくださいと、その場で献身したのです。

永遠の命。イエス・キリストを個人的主として宣べ伝えることになったのです。